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金平茂紀
1977年 TBS入社。
社会部、「ニュースコープ」副編集長、モスクワ支局長、ワシントン支局長、ニュース23編集長を務め、2005年から報道局長、2008年からはアメリカ総局長として、アメリカを中心に取材を続ける。
2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

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#30 あの日から半年(改訂版)

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無残な姿のままの高田高校(9月10日、写真はすべて筆者撮影)
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東京からのボランティアの若者たちが教室の廃品を片づけていた。

9月10日、岩手県の陸前高田市にいました。あの日から半年が過ぎようとしていましたが、町の様子は基本的には復興とはほど遠く、壊滅的な被害を受けた広い市街地域は、さら地になったままの状態でした。早起きして、4か月ぶりに高田高校や、仮設住宅、一本だけ生き残った松原などを見てまわりました。ちょうどこの日、野田総理が現地視察に訪れていました。
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まるで包帯を巻かれた重症患者のような一本松。みていると心が痛む。
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高田第一中学校の生徒さん。「8月中頃で、体育館は避難所じゃなくなったんだよ」。
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野田総理御一行、陸前高田を視察。

4か月前にも生中継した場所、成田山のお寺の境内に行くと、あの時の菅野剛さんがいました。境内の近くに9世帯が入っている仮設住宅が建てられていました。自力で自分の土地にプレハブ住宅を建てた熊谷さんも元気でした。何とソーラーパネルを設置して、プレハブ住宅は自家発電で成り立っていました。すごい人だなと思いました。
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自力でプレハブ住宅を建てた熊谷立郎さん(78)は元気だった。
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熊谷さんは何と自力でソーラーパネルも設置していいた。自家発電。
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熊谷さんは犬を飼っているので仮設住宅には入居しないのだという。奥さんと息子さんは仮設に入居しているので、このプレハブは愛犬と熊谷さんの住居だ。

翌11日は同時多発テロ事件から10周年の日でした。ワールドトレードセンターが倒壊した跡地は「グランド・ゼロ」と呼ばれて、アメリカ人にとって受難の聖地となりました。
僕は目の前に広がる陸前高田氏の荒涼たる風景をみながら、3・11がもたらした数百、数千の「グランド・ゼロ」がこの東北にあることにあることに、認識をあらたにしました。
「プロジェクトFUKUSHIMA!」については、50分に及んだ「詩の礫」に戦慄しました。TBSが発行している雑誌「調査情報」の最新号(9/10月号)にそのことを書きましたので、ご興味のある方はご照覧くださいませ。

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「報道特集」9月10日放送 スタジオ部分

●挨拶
日下部:こんばんは「報道特集」です。お伝えしていますように、東日本大震災の発生から明日でちょうど半年になります。
竹内:金平キャスターが岩手県の陸前高田市に行っています。金平さん!
金平:はい、4ヶ月ぶりにここ陸前高田市に来ましたが、風景はいまだにあの日の傷跡が
露わです。一言で復興といいましても、その道のりは遠いわけですけど、一人ひとりの個人にとって、復興に向けた「心の拠り所」となるものは一体何なのかに、私たちはこだわってみました。後ほどの特集でお伝えします。

●特集1 リード(@陸前高田中継)
金平:再び岩手の陸前高田市です。明日はこの場所で6ヶ月法要が営まれるのですが、私の後ろに見えますのが明日の法要で燃やされる大変立派な護摩です。直径5メートルくらいはあると思いますが、燃やされた後、あの上をお坊さんたちが渡るという儀式が行われます。さて、1つめの特集は両親を亡くしたこの町に住む18歳の少年の半年間の記録です。彼の心を支えたのはこの町の人々にとって無くてはならないあの太鼓の響きでした。

●特集1 受け(@陸前高田中継)
金平:地域のリーダーの1人で、太鼓の指導もなさっている菅野剛さんにおいでいただきました。お久しぶりです。
菅野:お久しぶりです。
金平:これは津波で生き残った太鼓、七夕で活躍したわけですね?
菅野:そうですね。
金平:4ヶ月前に話をお聞きしたときには、「今年はけんか七夕は難しいかな」とおっしゃってましたね。形は違っても、見事に成し遂げられましたね
菅野:そうですね、七夕をやりたいって来た若者に「ゼロからするなら応援するから」という話をしたら、見事にゼロからで全部やってのけましたね。素晴らしい若者たちでしたね。
金平:VTRで紹介した菅野貴裕さんのように、バラバラになっちゃったが・・・また再出発しようという人たちはこのほかにもいっぱいいらっしゃるんですよね
菅野:そうですね、七夕をやった若者たちだけじゃなく、今は小学生の子供たちが「必ずここに戻ってきてまた皆と一緒に七夕をやりたい」って話をしてる。
金平:そういう意味では、人をまた結びつける要になってるんですね。来年は山車と山車をぶつけ合う「けんか七夕」が完全復活するという夢は持っていいのでしょうか
菅野:はい。もうひとつの山車の材料を今せっせと集めてるんですが、なんとか人も戻ってきて・・・是非若い人たちの情熱でもう1回ぶつけて・・・来年は絶対ぶつけてやろうという思いでいます。
金平:菅野さん自身も太鼓はやられるでしょ?
菅野:太鼓を叩くと夢中になってすべてを忘れるんです。それが凄く楽しいです。
金平:来年も楽しみにしています。ありがとうございました。

●特集2 リード
日下部:続いての特集の舞台は福島です。この夏、福島であるフェスティバルが開催されました。かつて福島の地を飛び出し東京などで活躍していたアーティストが呼びかけたこのフェスティバル。放射線を避けるため、会場一面にシートが敷かれましたが被災地から新たな文化のあり様を発信しようというこの試みに、1万人以上の市民が参加しました。

●特集2 うけ
日下部:金平さん、私は実は遠藤ミチロウさんの大学時代からのファンで、今も時々聞くことがあるんですが、ミチロウさんというのは私の中では「反逆の人」というか「孤高の人」で、こういうフェスティバルやイベントからは本当に「縁遠い人」というイメージがあったんですが。
金平:そうですね、その「最も縁遠い人」が・・・3人ともそうですが、福島が3.11でああなって、いてもたってもいられなくなったと言うんですね。フェスティバルやイベントと言うと、今の世の中ではお金儲けがメインになっていますが、こんな純粋な形のフェスティバルが福島で開催されて、しかも成功したということに私は正直とても感動しました。
竹内:福島連詩ですが、プロの表現者でない皆さんが一緒になって、このフェスティバルをきっかけに、心に抱えていた声を言葉にして、作品として表現して、集まった1万人を超える方々に伝えるというのは、凄いことですよね
金平:そうですね。この凄さの根源が何なのかということですけれども、くしくも明日9月11日はあの同時多発テロ事件からちょうど10周年の日です。アメリカでは『世界を変えた日』と言われてますが、実は私たち日本人にとっては、3.11というのが私たちの『世界を変えた日』なんですね。それがあまりにも大きな出来事なので、私たちの中で世界史の中で、ちゃんと位置づけられていないのではという思いがします。 ですから、今日ご紹介したような2つの営みというのは、その中で、非常にもがいた末の、心の底から魂の中から何かを訴えざるをえないんだというものを感じたというのが、思うところですね。



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  • Ahmetさん
  • 2012/09/10 22:06
That hits the tagret perfectly. Thanks!