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金平茂紀
1977年 TBS入社。
社会部、「ニュースコープ」副編集長、モスクワ支局長、ワシントン支局長、ニュース23編集長を務め、2005年から報道局長、2008年からはアメリカ総局長として、アメリカを中心に取材を続ける。
2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

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#86 「報道特集」の大先輩・堀宏さんを悼む

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9月3日のお昼前に、「報道特集」の元キャスターのひとり、堀宏さん(写真左)が他界されました。78歳でした。故・料治直矢さん・田畑光永さんらとともに、かつての「硬派」の番組作りの中心にいた人物でした。お酒をこよなく愛し、TBS旧局舎の時代の報道の大部屋では、「三ヒロシ」と言われた鯨飲家のひとりでした。ちなみに「三ヒロシ」とは、堀宏、黒田宏、池田洋の御三方です。大部屋で夜の泊まり勤務についていると、酔って出来上がったヒロシさんが必ずと言っていいほど姿を現して、絡まれたり、説教をされたり、はたまた議論の輪が広がったりしたものです。そういう牧歌的なよき時代でした。堀さんは太平洋戦争の戦跡取材にこだわり、パプアニューギニアの日本兵の遺骨を収集する取材の旅に出たリポートは今でも記憶に残っています。取材現場で涙を流していた姿を覚えています。堀さんたちの送りだしていた頃の「報道特集」の精神を今一度思い起こしていくことにします。なぜならば、そのような精神がいま失われているのではないかと自問する日々が続いているからです。非力な僕には、今の理不尽な流れに独力で抗して行くチカラがありません。けれども、同じ思いを抱いている人が(まだ)いるものと思っています。堀さん、静かにお休みください。
9月8日の放送のスタジオ部分を再録しておきます。

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9月8日 スタジオ部分

○冒頭あいさつ
金平:こんばんは。「報道特集」です。またもやオスプレイの緊急着陸があったあとも日本政府は「沖縄への配備計画に影響を与えるものではない」としています。沖縄県民の怒りの火に油を注ぐ対応ですが、続いては大阪発の国政のニュースです。

○特集1 リード
金平:特集です。東日本大震災から1年半が経過しようとしていますが、被災地ではどのような防災対策をつくるか決められず、苦悩を深めているところも少なくはありません。宮城県気仙沼市もその1つですが、ここに、ある画期的なプランが提案されました。海底から浮かび上がるという「浮上式の防波堤」をめぐる住民の思いを取材しました。

○特集1 受け
金平:JNN三陸支局で取材にあたったTBC東北放送の西島記者です。西島さん、村井宮城県知事は浮上式防波堤については消極的ですよね。このままだと知事の意向通り、巨大なコンクリート堤防は作られることになってしまうんでしょうか。
西島:村井知事が否定的な姿勢を崩していませんので、浮上式については断念せざるを得ないと考える市民が増えていることは事実です。しかし依然としてコンクリート堤防については到底受け入れられないという反対の声が多く聞かれます。今のところ、浮上式以外の有力な代案は見つかっておらず、市民の勉強会も続いていますので、まだまだどうなるか分からないと思います。
竹内:防潮堤や防波堤といった設備の面ももちろん大切なのですが、避難などの対策はどうなっているんでしょうか。
西島:気仙沼は比較的高台が海の近くにあるんですが、それでも去年の震災ではおよそ1200人の犠牲者が出ました。避難せず、または避難が間に合わず亡くなった人も多かったようです。このためどうやって住民をすみやかに避難させるかソフトの対策にも力を入れる必要があります。避難ルートや避難場所の見直しを進め、整備していくことが肝要となっています。
金平:その防潮堤をどうするか決まらないために、気仙沼の復興計画全体に影響を及ぼしているということはあるんですか。
西島:気仙沼の内湾地区では、市街地の再建に手が付けられない状態が続いています。どこに道路をつくるか、宅地・商業エリアをどうするか、防潮堤の構造や位置が決まらないため、それさえも固まっていません。こうした復興事業については、その財源となる復興交付金の制度が3年後の2015年度までとなっており、急ぐ必要もあります。被災地の復興は正念場が続いています。
金平:「復興格差」という言葉が聞かれるように、復興がすごく進んでいるところと、茫然自失としてまちづくりのビジョンも全くたっていないところがありますよね。その中ではVTRを拝見した限りでは、気仙沼市は、まちづくりのモデル・コンペを開くなど、住民の意向を吸い上げていこうという意思があるように感じました。南海トラフ沿いの巨大地震での被害想定が発表がされましたよね、防災計画は他人事じゃないんで、今後は住民の意思をいかに組み入れて防災計画を作っていくかが重要だと思いました。ご苦労さまでした。

○特集2 リード
竹内:津波など水の被害からいかに身を守るかをお伝えしたあとは、命を支えるほうの水、水道をめぐっての特集です。
この夏の猛暑と雨の少なさでダムの貯水量が減り、利根川水系では11年ぶりの取水制限の可能性が出ています。こうした中で一般の水道事情について取材を進めたところ様々な問題が見えてきました。水道の危機的な現実です。

○特集2 受け
竹内:取材した「報道特集」の中島記者です。2年前の時点で水道管の耐震化率が3割しか進んでいなかったというのはちょっと驚きですよね。
中島:そうですね。以前、国では来年度までに主な水道管の耐震化率を100%にすると目標を掲げていたんですけれども、予算の面などありまして、なかなか進んでいないのが現状です。こうした中、東日本大震災が起きたわけですけども、やはり耐震化が進んでいたところと進んでいなかったところで被害に大きな違いが出ていたと。やはり水道水というのは、避難所での衛生面ですとか、消火活動の際に非常に重要なものになってきますので、水道インフラの整備というのは喫緊の課題だと言えると思います。
金平:それにしても震災で重要性を思い知ったはずの水道のインフラ整備っていうのはなぜ進んでいないんですか。
中島:水道管の老朽化の更新ですとか耐震化、浄水場での高度浄水処理システムの導入などやらなければいけないことは多いんですけど、水道事業というのが独立採算制をとっているので、主な収入源というのが市民の水道使用量を中心に賄われていますので、水道インフラを整備するには、水道料金を値上げしなければいけないという問題も抱えているところが多くて、そこのジレンマがあると、実際、人は言っていました。
竹内:そしてホルムアルデヒドが検出された際には多くの人が影響を受けたんですけど、やはり断水しか方法はないものなのでしょうか。
中島:有害な化学物質が出たとなれば、断水という対応をとるのが一番健康の確保をするためには重要なことだと思うんですけど、今回の場合は検出されたホルムアルデヒドが水質基準のおよそ2倍程度だったんですね。日本の水質基準というのは、諸外国に比べても10倍ですとか、かなり厳しいものになっているので、今回果たして断水するべきだったのか、生活の影響を考えた場合、例えば飲み水としてあまり飲まないようにですとか、注意喚起の程度で留めておくべきだったという声もありました。

○エンディング
竹内:「報道特集」で1984年から7年間にわたってキャスターを務めた堀宏さんが今週の月曜日に亡くなりました。78歳でした。
金平:今、ご覧頂いているのは、堀さんが「報道特集」で強いこだわりを持って取材を続けていた太平洋戦争の特集なんですけど、インパール作戦の検証ですとか、ニューギニア戦跡で遺骨を自ら収集して歩いて、現場で涙を流していたシーンを今でも覚えていますけど。
これは堀さんから生前に頂いた本なんですけど、この本の一節を時間が許す限り読みますけど、『卑しくも職業としての報道者を志すにあたっては、常に自らを歴史の証言が白日の下に照らす十字路に置き、何よりも弱者や虐げられた者への共感と思いやりを抱くことを求められているのではないだろうか』と言っていて、こういう諸先輩の仕事の延長線上に僕らの「報道特集」があることを今一度かみ締めたいと思います。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
「報道特集」ではまた来週。



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  • 雄三さん
  • 2012/10/11 13:35

堀さん、ありがとう。

ご冥福を祷り。
  • マイクさん
  • 2012/10/03 00:25
 堀宏さん:お悔やみ申し上げます。料治直矢さんが亡くなった時も、まだお若かったのに驚きました。かつて中国取材をされた際「都市的魅力がない。」と感想を語っておられたのを覚えています。田畑光永さんはまだご健在のようですから、今こそ日中関係修復にご尽力を賜りたく存じます。
  • misaoさん
  • 2012/09/16 12:37
9月15日の放送を見て、順序が逆ではありますが、(先にコメント)ごめんなさい。
終戦後、母は、清津の日赤看護学校から日本へ引き揚げて来たので、その間の話を私は聞いています。よくも無事に戻って来られたものだと、母の話を思い出すと、今でも、じぃ~んと、ただ、その時のことが蘇って来るのです。
清津の今を母が見たら、どんなことを思ったのか・感じたのかな・・と、ちょっと思ってしまいました。
金平さん、故人にはなってしまったけれど、忘れたくない人、大切な人、は、いつもわたしたちと共に生きている、私たちの思いが続く限り。
私が通った小学校は、「世界平和」という、とても大きな石碑がありました。
  • misaoさん
  • 2012/09/14 01:40
金平茂紀様
非力な僕には、~いるものと思っています。と、ありますが。
先日お亡くなりになられた山本美香さん、堀宏さんがそうであったように、志高く格闘し続けていらっしゃる方はおられると思います。
かつて筑紫さんが編集委員をしておられた「週刊金曜日」の方々はいかがですか・・・?
その中の発行人ぶろぐ2012,7,25、
<北村肇の「多角多面」87>
「被災者の方々に「涙」や「笑顔」を強要してはいないか。
金平さんも共感されるのではないかな・と思います。
少数派を恐れてはいけない、筑紫さんの最期の多事争論を胸に抱き、弱者や虐げられた者への共感と思いやりに心を寄せ寄り添い忘れず、そういう人でありたいと思い続けることでいいのではありませんか。(孤高の人になりがちかな)
  • ポケモン大好き。さん
  • 2012/09/12 20:50
金平茂紀様へ、こんばんわ。
いつも拝見しております。

僕のお父さんも知っている
報道特集のキャスターであった
堀宏さんの訃報を聞いて、
ビックリしました。

金平様へ、これからも
堀宏さんの遺志を継いで
キャスター頑張ってください。
応援しています。

以上、ポケモン大好き。でした。