プロフィール

プロフィール画像
金平茂紀
1977年 TBS入社。
社会部、「ニュースコープ」副編集長、モスクワ支局長、ワシントン支局長、ニュース23編集長を務め、2005年から報道局長、2008年からはアメリカ総局長として、アメリカを中心に取材を続ける。
2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

カレンダー

<<   2022年6月   >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近の記事

カテゴリ

月別アーカイブ

<<   2022年   >>

このブログで使用したタグ

ブックマーク


#213 継続取材の大切さ

WMifizovqj.jpg
AfUsIVX7ZM.jpg
B5t7PrlE9v.jpg
Z3iWGg266N.jpg
gqV1YOfkhh.jpg
jm_MWEn1LV.jpg

8か月前に起きた広島市安佐南区の大規模土砂災害の現場に足を運びました。すると、東京の職場で頭の中で考えているようなこととは全く異なる事態の推移がカラダでわかってきて、一番きついのは時間の経過の中で忘れられていくことなのだな、と思ったしだいです。テレビ報道の弱みは、継続取材がなかなか少ないことです。目の前の新しいことにすぐに飛びつく。過去のことを継続的にフォローアップする姿勢がどんどんと弱まってきているような気がします。4月25日放送の特集はその意味では、継続取材の大切さを痛感させられる内容だった思います。特に、福知山線事故の被害者・鈴木順子さんの取材にはさまざまなことを考えさせられました。スタジオ部分を再録しておきます。
=====================================

2015年4月25日OA スタジオ原稿

【金平あいさつ】
金平;こんばんは「報道特集」です。ドローンを飛ばした容疑者のブログには、マスコミでなかなか報じられない本人の苛立ちが書かれていたそうです。今後、官邸の警備強化やドローンの法規制論議が強まるかもしれませんが、この事件とは別に、変らないのは福島県の汚染地域の深刻な現実です。それでは早速、捜査本部のある麹町警察署から最新情報を伝えてもらいます。
永田さん!!

【特集1 リード】
金平;特集です。
広島県で74人が死亡した土砂災害は、発生から8ヶ月あまりが経ちましたが、
JNNでは災害発生時、リアルタイムの警察無線の交信記録を独自に入手しました。
緊迫の現場で一体何が起きていたのでしょうか。

【特集2 受け】
小林;取材にあたりましたRCC 中国放送 吉住記者です。
あの災害の発生当時の取材のことはどのように記憶していますか?
吉住;私もすごく大きな被害が出た八木地区を取材したんですけれども、救助を要請しても2時間くらい助けが来ない。倒壊した2階で救助を待ったという被災者の声を聴きました。被災地は広島市の中心部から比較的近い場所なんです。ということは、救助の体制は県内では比較的整っていた場所なんですが、それにもかかわわらず、そういう事態になってしまったのはなぜかなという風に感じたことを記憶しています。
日下部;警察無線からも当時の混乱振りがわかったんですが、どうして今回の取材を思い立ったのですか?
吉住;我々がこれまで取材出来ていたのは、災害が発生した後の話なんですね全て。ただ、これだけの大惨事になった、救助が遅れたということで、なぜそうなったのかということを調べるには、発生当時に何が起きていたのか。そこを知らなければいけないということで、最終的に警察無線にたどり着いたということです。この音声は被災された方には、非常につらい記憶をよみがえらせるものだと思うんです。ただ、この音声は、災害を検証するというよりも、記憶自体を検証していくということにも使っていかないといけないという意味では、非常に貴重な資料だと思います。
金平;私も8ヶ月ぶりに現場に行ったのですが、
行政が防災対策にようやく本腰を入れている様子がわかったのですが、
かつて取材した方に、個々に聞き歩いていくと、まだいろんな不安の声が残っているんです。
対策のテンポが遅いとか、立ち退きを命じられたところと残っているところの微妙な地域の中のいろんなしこりのようなものが生じてきていて、何とか事故の教訓を生かしてほしいものだと思いながら、現場を見ていたんですけれどね。御苦労さまでした。

【特集2 リード】
日下部;次はニュースでもお伝えした
JR福知山線の脱線事故です。
事故から10年が経ちました。
JR西日本が罪に問われない状況に怒りの毛を上げる被害者がいます。
一方で奇跡的な回復を遂げた女性は
失われた記憶をもとめいまもリハビリを続けています。
遺族と負傷者、それぞれの10年です。
【特集2 受け】
小林;取材にあたりましたMBS毎日放送 橋本記者です。
順子さんのお母様との会話を聞いていると、
大変ウィットにとんでいて、ここまで回復したのかと、生命力に圧倒されました、
この10年間の順子さんを見つめて続けてきて、いかがですか。
橋本;私自身も一番初めにお会いした時はここまで回復されるとは思いませんでした。
   どうしてこんなに回復できたのかと不思議に思うのですが、いろんなドクターに聞いても鈴木順子さん自身の生命力の強さだと皆さん仰るんですね。
後は、ご両親はじめご兄弟、家族のいろんな声掛けであったりとか、様々な刺激が回復に結び付いたのは間違いないと思います。この10年その変化を見ることが出来ました。
日下部;本当に驚くべき回復なんだけれど、ただ事故当時の記憶だけがぬけおちているというか、
逆に失われて行っている部分もあるんですね。
橋本;そうですね。1年5か月後のインタビューでは、あれだけはっきり事故のことを答えてらっしゃったのに、今、あの話をされていましたよね?と確認しても、そのことを覚えていない。事故のことを思い出せないと仰る。その辺りは本当に不思議で仕方ありません。ああいう大きな事故を受けて、事故の瞬間の記憶を失ってしまう方というのは、いることはいるということなんですが、彼女の場合はそれ以降の記憶は積み重なっていて、不思議なことが多いんですよね。記憶というものを考えても、いろんなことが回復しているというのは確かです。
金平;それにしても、あれだけの大事故で、企業の責任を裁く法律が日本にはないことが、イギリスの例などをみていると、事故の教訓が活かされていないように感じるのですが。
橋本;VTRに出てきました「組織罰」を求めていきたいというご遺族もいらっしゃれば、再発防止と事故の原因をはっきりとさせるために、JRと共に考えていかないかという考え方のご遺族もいて、本当にいろんなご意見があるのは確かです。107人の命が奪われたこの事故で誰の責任も問われないのはどうなのかという声が多いのは確かです。JR西日本には事故を知らない社員も増えていますので、事故を本当に風化させないことが大きな課題だと思います。

【エンディング】
小林;今日は一つ目の特集で、広島土砂災害についてお伝えしました。金平さんは8か月ぶりに行きましたよね?
金平;行きました。一番ひどいところの現場に行ったら、たまたま現場で手を合わせている人がいて、遺族の方かと思ったら、気仙沼から来ていて、震災の時に助けてもらったからその恩返しに来ていると。広島の人に助けてもらったんですね。いろんなことに励まされることがありますね。
「報道特集」ではまた来週。




この記事へのコメント
印は入力必須項目です。
名前
コメント
画像認証 :

表示されている数字を半角で入力してください。