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日下部正樹
1985年 TBS入社。
政治部、香港支局長、北京支局長、外信部デスクなどを務め、2010年9月までは、ソウル支局長。

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むかしむかし北京の街に・・・

北京の北西、「五道口」という所に
「スクリーム・クラブ」というライブハウスがありました。
街灯も無い薄暗い路地の奥、
落書きだらけのまさに場末のライブハウスでした。
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この「スクリーム・クラブ」こそ、
数々のパンクバンドを生んだ
知る人ぞ知る伝説のライブハウスだったのです。

90年代後半、友人に誘われ
「スクリーム・クラブ」に足を運んだ僕は
北京パンクに初めて接し、
久しぶりに体に熱くなるものを感じました。

演奏はお世辞にも上手いとは言えないし、
歌詞もリフもどこかで聞いたようなものだし、
だいたいパンク自体が既に僕の中では過去のものだったし、
しかし店内の熱気に浸っていると
ああ中国もここまで来たのかと、
ジーンとしびれてしまったのです。
LqsEdaNalK.jpg
改革開放が進んでいたとはいえ
当時の中国で、ロックミュージックが
公共の電波に乗るなんてまずありえませんでした。
CDで買える外国音楽は超メジャーなアーティストのみ、
コンサートで立ち上がろうものなら警官に制止され、
ロックだろうがなんだろうが
座っておとなしく聞かなくてはならない時代でした。

ところが「スクリーム・クラブ」にいる連中と来たら、
金髪やらモヒカンやらタトゥーやら当時の感覚からすると
道を歩いただけで公安に連行されそうな輩ばかり、
それが酒に酔って北京語の卑語を吐きながらダイブなんかしている、
共産党の幹部が見たら腰抜かして
反革命罪で即刻逮捕という事態にもなりかねない、
それは危険な空間でした。
PM5rLElOGb.jpg
実際、パンクバンドの取材を始めた僕に
当時の北京支局の中国人スタッフは真顔で
「好ましい取材ではないと思います」と
  忠告めいたアドバイスをくれたものです。

北京パンクの企画は「ニュース23」で放送され、
たまたま、このニュースを見ていた
インディーレーベルの社長の目に留まり、
北京パンクのオムニバスCD「北京スクリーム」という
思わぬ果実を生みます。もう10数年前の事です。
trzY9pxkT4.jpg
今でも印象的に思い出すのが、
パンクバンドのメンバー達が聞いていた、
欠けてしまったり、ひびの入ったカセットテープです。
前述したように当時中国では
ロックのCDやカセットは
正規ルートでは手に入りませんでした。
そこで輸入盤が裏で出回っていたのだけど、
輸入の際は厳しい検閲があって
当時の中国の状況を考えれば、
パンクなんて絶対許可される訳がありません。
そこで何をしたかと言うと
「上に政策あれば下に対策あり」
輸入にあたって業者なり、個人が
カセットの一部をわざと割ったり、傷つける。
これでこのカセットは
正規の市場に出回らない不良品となり、
音楽テープを対象とする検閲は免れる。
こうした割れたカセットが裏に流れ
若者たちが買い求める。
以上がバンドのメンバーが語った
割れたカセットの由来で
真偽は確かめようも無かったのですが、
彼らが持っていたパンクのカセットは
どれも一様に欠けていたりしたことは確かです。
この話を聞いて当時の僕は、
「音楽の力はすごいな。
こうした蟻の一穴が中国を変えるかもな。」と妙に感動したものです。
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「スクリーム・クラブ」もとうの昔に姿を消しました。
再開発で立ち退きを命じられたのです。
取材から数年後、現地を訪れたのですが、
すっかり更地となっていました。
ここに掲載した写真は
「スクリーム・クラブ」に一緒に出入りしていた
細野研君(当時、留学生)からいただいたものです。
僕が取材していた頃より数年後の様子ですが
          雰囲気は変わりません。
細野君はその後も
中国のアンダーグラウンドな映像や音楽シーンとの
若干腐れ縁めいた関係を断ち切れず、
あれから10数年
ついに北京で映画製作会社を立ち上げました。

それでは、みなさん良いお年を!



この記事へのコメント
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  • 細野研さん
  • 2011/01/02 14:32
あの頃、北京のドブネズミたちは音楽で世界を変えてやるって本気で信じていました。
今、すっかり変わり果てた北京で、それでもまだ、世界を変えてやるって思っています。
さて、これからどうなるのか。乞うご期待!

あけましておめでとうございます。ブログの更新、毎日楽しみにチェックしております。が、今のところ月に1回のペースですね。せめて週1ぐらいでお願いします(笑)。

ちなみに今、スクリームの跡地には、巨大ショッピングモールが建っています。あの頃のパンクスも三十路ですが、皆元気にやってます。リーシャーブー(日下部さん)はどうしてる?って、いつも話題にしてますよ。