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日下部正樹
1985年 TBS入社。
政治部、香港支局長、北京支局長、外信部デスクなどを務め、2010年9月までは、ソウル支局長。

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15回目の訪問

また北朝鮮です。すみません。

もともとこのブログには、
仕事とは離れた趣味的なことを
書こうと思っていたのですがね。
1990年の初訪朝から数えると
今回で15回目ですか・・・
節目でもあるので許してください。
9wZTVz0K10.jpg
普通、ある国についての理解度と言うのは
訪問を重ねるにつれ深まるはずなのですが、
北朝鮮の場合、(多分、私に限らず)
目にしているものをどこまで信じていいいのか
だんだん解らなくなるのですよね。
特に北朝鮮に対して抱いていた
イメージとは異なる事象に遭遇した時
見ているものをそのままを伝えていいのか
私などは大いに悩んでしまうのです。

そして悩みは深まる一方なのです。
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そもそも北朝鮮が国を閉ざし
都合の悪い情報を一切遮断したことから
西側は北朝鮮当局の発表の裏を読み、
各国の情報機関や亡命者や脱北者から
漏れてくる断片的な情報をもとに
北朝鮮報道は行われてきました。
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そんな中で北朝鮮の特殊な
住民像も作りあげられたのです。

指導者の死にみなが号泣し、
ミサイルやら人工衛星やらの
打ち上げ成功に狂喜乱舞し、
美女軍団から子どもたちまで
外国人を前で作り笑いを浮かべる
狂信的な人々です。
もしくは狂信的に振舞わなくては
生き延びることが出来ない
虐げられた人々、弱者としての住民です。
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しかしですね。
平壌や地方をいろいろまわっていると、
目に飛び込んでくるのですね・・・。
あの体制下でもうまいことやって
それなりの生活を送っているんじゃないか
と思われるしたたかな人々が。
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北朝鮮では社会のあらゆる場面にまで
政治が入り込んできて住民を監視し、
コントロールしようとしていますが、
これに対して人々はおかれた状況によって
政治的な振る舞いと
プライベートな振る舞いを
見事に切り替えているようなのです。

まるで電気のスイッチを
入れたり切ったりするみたいに・・・。

以前、人々は外国人を前にすると
政治の方にスイッチを
入れっぱなしだったのですが、
最近は時々オフにして見せたりするのです。
私にはそれがとても新鮮に写るのです。
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北朝鮮製タブレット売り場の
若い女性販売員は
丁寧に操作方法を説明してくれました。
タブレットのアプリの中に
北朝鮮の指導者の著作集があったので
彼女に「全部読んだの?」と聞くと
「うふふ・・・」と恥ずかしそうに笑って
質問には答えませんでした。

平壌の一等地に建つ高層マンション。
家庭訪問した一家の大学に通う娘に
「いまの悩みは何?」と聞くと
「えー?」と言ったきり考え込んでしまいました。

いずれも10年前だったら
外国人に対する対応としては最低です。
指導者の著作は読破していなくてはならず、
指導者の指導のおかげで悩みなど一切無いと
答えなくてはならなかったのです。
そんなの外国人の私でもわかります。

それが適当に答えをはぐらかしたり
自分なりの答えを探そうという姿に
私は大いに驚かされたのです。

いまも多数の人民の犠牲の上に
少数の特権階級が胡坐を
かいていると思われがちですが、
特権階級とはまた違った
新たな富裕層がピョンヤンを中心に
増えてきているように思えます。
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10年前はホテルの前に形だけいた
タクシーは急増し、
いまや市民の足になりつつあります。
初乗りは2ドル。一般市民にとっては
高額な乗り物ですがラッシュ時に
空車を見つけるのはなかなか困難です。
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洒落たビアホールでは女子会が開かれ、
勤め帰りの女性たちが
これまた一杯2ドルの
ビールジョッキ片手に話し込んでいます。
わが案内人の中年男性は
「女性がああやって人前で
 お酒を飲むのには違和感があります。」と
あきらめ顔でつぶやきます。

息苦しかった北朝鮮社会の
空気がここにきて一部で
緩んだようにも見えるのです。
(意図的に緩めたのか
 意に反して弛緩してしまった
 のかはわかりませんが・・・)
そして特権階級でなくとも
うまく立ち回れば
それなりの生活を享受できる余地が
生まれたようにも見えます。

体制側が再び締め付けに
乗り出す可能性は十分あります。
ただ一度緩めたものを
元通りに締め直すのは難しいものです。
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北朝鮮にはいまもそれなりの数の
外国人が入ってきています。
制裁を続ける欧米の国からの
ビジネスマンやツーリストもよく見かけます。

世界遺産に登録された
開城の遺跡であったイギリス人は
「すべて違うよ。
 メディアで知らされたこととは
 全然、違う。」と話していました。
景勝地・金剛山に登山に来たスイス人は
「西側には北朝鮮について
 ひとつのイメージしかない。
 実際に自分の目で
 見直したかった。」と語りました。
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核問題や拉致問題に対する
北朝鮮の不誠実な態度に対しては
今後も厳しい目を向ける必要があります。
一方で長いこと頭に染み付いた
北朝鮮に対するイメージが、
わずかに現れた
変化の兆しらしきものを見抜く際の
障害となっていないか・・・。

あの国を伝えるのは難しいですね。
本当に・・・。



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  • H.Watanabeさん
  • 2013/11/05 13:41
1990年ごろ、私も行ったのですが、タブレット以外はほとんど変わらない風景です。金剛山は当然としても。タクシーは、当時でもホテル前ではお客が殺到して乗れませんでした。時期によるのでしょうか。一度捕まえたら、帰りのタクシーも確保するため、運転手も飲食店でご飯を食べさせたということがありました。
地方では、ガードレールを雑巾で掃除している年輩の女性を見ました、そんなにしなくても。普通の人が住む普通じゃない国。日本も遠くない将来には、そういう国になるかも知れません。
銭家草惨案をとりあげた番組、みなさんの地道な取材に感動しました。期待しています。