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日下部正樹
1985年 TBS入社。
政治部、香港支局長、北京支局長、外信部デスクなどを務め、2010年9月までは、ソウル支局長。

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それでも年の瀬は

年をとるにつれ1年が短くなるというのは
皆さん実感するところだと思いますが、
今年撮った写真や取材ノートを見直すと
結構、色々なことをやっていたxのですね。
仕事はそれなりにこなしたとは思いますが、
趣味の世界となると
ひどく出不精になってしまいました。
今年はコンサートや観劇にほとんど行っていません。

そんな私ですが、おととし、去年に続きて
思い出に残った本や音楽について紹介させてください。
0qq7esh_LK.jpg
1月15日に大島渚監督が亡くなりました。
戦場のメリークリスマス。
ひょんなきっかけから大学生だった私は
この映画に出演することになりました。
海外での1か月にわたる撮影は私にとって
人生でもっともエキサイティングな経験でした。
撮影中に監督に雷を落とされ震え上がりました。
私がテレビ局に内定した時
満面の笑みを浮かべ
良かったなと言ってくれたのも監督でした。
戦場のメリークリスマスは
私にとって宝物のような作品です。
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8月22日歌手の藤圭子さんが亡くなりました。
そして長いことお蔵入りとなっていた
沢木幸太郎さんの藤圭子さんへのロングインタビュー
「流星ひとつ」が出版されました。
彼女の死に自分でも意外なほどの
喪失感に囚われていた私は
思わずこの本を手にしていました。

彼女の全盛期、それはわずか2年ほどでしょうか・・・
しかし彼女の存在は
20そこそこの演歌歌手という枠を超えて
あまりにも大きいものでした。
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小学校高学年だった
私にとっても例外ではありませんでした。
前川清さんと結婚した際には
胸が締め付けられるような、
いたたまれない気分になりました。
10歳とか11歳の子供がですよ。
思えば淡い嫉妬心だったのかもしれません。
暗い表情をした彼女がでかでかと
少年マガジンの表紙になってしまう、
そういう時代だったのですね。
高度成長の裏で顕在化した社会のゆがみ、
大きな蹉跌を経験した青年たち
そして芸能界には
蠱惑的な胡散臭さがまだ残っていました。
そんな時代の空気を一手に引き受けた
陰のアイドルが藤圭子さんだったのかなと思います。
YAnchkzrbd.jpg
あまりにも強烈に
あの時代を象徴する存在だったがゆえに
時代に縛られ、時代を超えることが出来なかった。
沢木幸太郎さんのインタビューからは
そんな彼女の悶えが伝わってきます。

取材を進めるうえで参考に読む
本の中にも印象深いものがありました。
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左は軍事郵便の取材をするにあたって読んだ本です。
軍事郵便とは兵士たちが
戦場から家族や友人らにあてた手紙です。
部隊の作戦内容や滞在地など
軍事機密に触れる可能性があるので
手紙はすべて検閲されていました。
この本は日中戦争に従軍した夫が
妻にあてた手紙をまとめたものです。
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そこには前線に送り込まれながらも
人間らしく振舞おうとする人々の姿があります。
妻が手紙の中で夫の無事だけでなく
中国軍の犠牲も少なく
一日も早く平和が来るよう祈るくだりを読んで
私の抱いている戦時下の日本人像が
いかに硬直したものであるかを知らされました。
この父親と母親のやりとりを本としてまとめたのが
娘の石原典子さん。石原慎太郎氏夫人です。
ちょっと驚きですね。

右の一冊は戦前の人気漫画「タンクタンクロー」です。
鉄腕アトムやドラえもんの先駆けとして
再び評価されている漫画です。
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これは北朝鮮に残る日本人遺骨の取材を
進める中で出会った作品です。
作者の坂本牙城さんは戦前戦中、
満洲で広報活動に携わっていましたが、
引き上げ途中で1年ほど
北朝鮮内に抑留されていた事を
別の引揚者の方から偶然聞いたのです。
今年6月、私は牙城さんが抑留された
北朝鮮の小さな町を訪れました。
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この町で抑留中、牙城さんは
飢えと病で次々と死んでゆく幼子の顔を
描いては母親に渡していたそうです。
当時の経験が牙城さんに大きな影響を
与えたことは想像に難くありません。
引き上げ後、牙城さんは生活のために
漫画を描き続けますが
一方で南画(水墨画)に傾倒するようになり、
1956年長女の結婚を機に
ついに漫画の筆を折ることになります。

今年、印象に残った
本や音楽を紹介するつもりでしたが、
過去を振り返るものばかりですね。
私自身がそういう年齢になったのですかね。
それとも憲法とか特定秘密とか
時代がひとつの転機を迎えていると
個人的に感じているからですかね・・・。

とブログを締めくくろうとしたところで
大滝詠一さんの訃報が飛び込んできました。
65歳。
最近はあまり聞くことも無かったのですが、
また深い喪失感に苛まれています。
さようなら大島監督。藤圭子さん。大滝詠一さん。
今年はルー・リードも亡くなりましたね。
みないなくなってしまいました。
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今宵は大滝さんのはっぴいえんど時代の曲
「春よ来い」を聞きながら
新しい年を迎えようと思います。



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