「年越しの宿題をようやく」 ― 氏家夏彦

『ウィキリークス問題で一番興味のある論点は何でしょうか?そして、その理由は?』…という前川せんぱいからのあやとりに、しっくりくる答えを見いだせないまま年を越してしまいました。年が改まり、雑誌「調査情報」最新号に掲載されているある図を眺めている時、ふと「人間は後戻りできない新たなフェーズに踏み出してしまったんだなぁ」と感じました。山脇伸介氏の記事中にある、ソーシャルメディア革命に至る3つのプロセスの図です(※1)。
最初の図はマスメディアが一方的に情報を送る時代、
次はマスメディアに対しユーザー側からもアクセスできる時代、
そして最後が、マスメディアとユーザーとだけでなくユーザー同士も情報交換し、マスメディアは網の目のようになった情報ルート中の一部にしか過ぎなくなる時代・・・というものです。

どこかで目にしてはいましたが、実際にフェイスブックやツイッター、ネットワークゲームなどのソーシャル系サービスを使うようになってからこの図を見ると、ユーザー同士を結ぶ網の目が想像を超える程、濃密で巨大でグローバルであることがイメージでき、人類が新たな時代にジャンプアップしようとしていると実感してしまいます。
この網の目は、情報とユーザーの意思・意識の可視化部分です。「インターネット前」は個々のユーザーの意思・意識はバラバラに潜在し表層に現れることはありませんでした。顕在しているのはテレビ・新聞・書籍などマスメディアを通じた情報のみでした。しかし「インターネット後」は、個々の意思・意識が可視化し(※2)、見えるようになったおかげで互いに影響を及ぼし進化するようになりました。そんな中でウィキリークスは生まれました。

ウィキリークスは「反権力という衣をまとった単なる暴露屋なんじゃないの?」という議論もありますし、反発や不安を感じるテレビ人も少なくないと思いますし私もそうです。それは、放送免許剥奪という印籠を持った国家権力との緊張関係の中で、長年、多大な労力とコストをかけて表現する手段を維持してきたテレビにとって、インターネットメディアの「いい加減さ」が目につくからでしょう。放送ではミスや失敗に厳しいペナルティが課せられます。それに比べるとインターネットでは、サーバーがダウンしようが、サイトで詐欺行為や性犯罪が起きようが、経営者の進退が問われるような大問題とはされていないのは周知です。そんな環境の中で起きた今回のウィキリークス問題ですから、穿った見方をするのも理解できます。しかしインターネット前・後という人類史上の大きな節目を意識すると、考えの次元を変えなければなりません。

須田さんが『インターネットが、地理的・血族的つながりから、ヒトを解き放ち、…「国籍・民族から→文化籍・興味族へ」ヒトが移行する…』と指摘し、志村さんも『情報の流通も加速度的に早くなり、権力がそれを捕捉するのは困難になる。さらに、国家との契約にメリットを感じない国民が、境界を跨ぐのも容易になる』としているように、もはや国家という枠組みでインターネットをコントロールするのは不可能になってきています。
すでに国境を超えて遍在しているウィキリークスを、一国家権力が消滅させるのは困難です。仮にサイトの存在を抹消できても、似たようなサイトはまた生まれます。そして前川さんが指摘する「人は知ることの重みにどれほど耐えられるか」という問いへの答えが返ってこないうちに、機密と言われている情報(今回は50万人もの米連邦政府職員が共有していたので機密とは言えないかも)は容易に漏えいしていきます。

インターネットによる意思・意識の可視化という歴史上の大変化は、良かれ悪しかれ既に起きてしまいました。今の世界を形作っている国家という社会構造さえ影が薄くなってきています。新たな世界構造の構築が迫られているのかもしれません。もう後戻りはできません。

こんな事を考えていたら、ふとアーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」を思い出しました。またエヴァンゲリオンの「人類補完計画」を連想しました。どちらもハッピーエンドではないのが共通ですが・・・


(※1)雑誌「調査情報」
TBSテレビが発行し、TBSメディア総合研究所が編集を担当している隔月刊誌。
www.tbs.co.jp/mri/info/info.html
2011年1-2月号の18頁に、TBSメディアビジネス局の山脇伸介氏による「2011年はフェイスブックの年になる!?」記事が出ており、その中で、ニューヨーク大学院ITPのクレイ・シャーキー教授による「ソーシャルメディア革命」に至る“3つのプロセス”の図として紹介されています。

(※2)意思・意識の可視化
須田さんに教えていただいた講談社のPR誌「本」に掲載されていた、東 浩紀氏の「動物と人間のラジカルな逆転」を読んでいてインスピレーションしました。



氏家夏彦プロフィール
1979年TBS入社。報道・バラエティ・情報・管理部門を経て、放送外事業(インターネット・モバイル、VOD、CS放送、国内・海外コンテンツ販売、商品化・通販、DVD制作販売、アニメ制作、映画製作)を担当した後、2010年TBSメディア総合研究所社長。月に200km走るのが目標です。週末は海に出てます。はっきり言ってゲーム・アニメは大好きです。ツイッターとフェイスブックはぼちぼちやってます。



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