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内田樹さんの「最終講義」を読んで『旗印』について考えた・・・ついでに「地上テレビだよと言えなくなる危険性」も 前川英樹

内田樹さんの「最終講義」(技術評論社)を読んでいたら、「旗印をかかげて頑張り続けるのが学校」というフレーズが出てきた。これは内田さんの持説で、こういう考え方は内田さんの他の文章にも登場する。内田さんによれば(以下、前川風要約)「学校とは、自分たちはこういうことを教えたいという旗印=理念を掲げるところに存在理由があるのであって、市場のニーズに合わせて学校の在り方を考えるべきではない。生徒たちは、何かを学びたいと思っていても、それを明確に承知しているということはないと考えた方が良い。彼らがその何かを知るためには、学校の旗印が必要なのだ。市場のニーズに合わせることは旗印の放棄であって、似たような学校ばかり出来てしまい、そもそも多様であるべき教育の在り方に反する」ということになる。

これって、メディアにつながる問題だと思う。メディアの方が学校より「市場性という経営原則」の縛りが強いのだ、といって見ても、ここでは意味がないだろう。
「どういう放送局になりたいか」、「何を伝えたいか」という旗印のないところに放送局の存在理由はない。マーケティングは必要だが、しかし視聴者は自分が何を見たいかを承知しているわけではない。<それ>をマーケティングで探り当てれば視聴率が取れると思うことがそもそも間違いであって、「ああ、ホントはこれが観たかったんだ」と思わせるところがメディアのプロの仕事であり、そこで感性・想像力・知性が試される。あるいは、「知る権利」を持っている国民が、何を知りたいかが分かっているわけではない。ネットのような自分で知る権利を見行使する手段を有効に使うためにも、「知りたかったことについての情報」を提供するのが職業としてのメディアであろう。
「自分たちの放送局はこういう放送局でありたい」という、旗印を掲げるというところから、放送局経営が始まる。もちろん、そこには相応のリスクがあるが、どの局の番組かさえ判然としないなかで視聴者に見捨てられるよりは、<俺たちの放送局>というメッセージを伝えられるかどうかというリスクを負う方が、はるかに説得的である。それが、<送信主体が情報責任を持つ>という構造によって成立する(当面は?放送メディアにしかない)編成という行為の意味である。このことを放送メディアはまことに粗末に扱ってはいないだろうか。ネットとの融合や連携はあたりまえのこととして、問題はそれ以前にあるのである。

・・・というようなことを思っているところに、「調査情報」最新号(NO525)が届いた。今回も「東日本大震災とメディア」が連載特集として組まれていて、さらに「なぜ起きる?若者のテレビ離れ」も第二特集として編集されている。前2号と同様ページ数も通常より多いだろう。なかなか力が入っているなと思いながら、パラパラしページをめくっていて、フト手が止まった。
「地デジへの『完全移行』は電波の周波数などに関してハード面ではスムーズに行われたかもしれないが、ソフト的には意外に大きな断層を生じてしまう危険性がある。アナログだろうがデジタルだろうが地上テレビは地上テレビだよと言えなくなる危険性。」(「揺らぐテレビの本質 ならば、今こそ」渡辺久哲・・・渡辺さんゴメン、このフレーズだけに条件反射している)。
Yes! だからこそ、地上波のデジタル化が必要だったのだ。
90年代、「史上最強のメディア」として栄華を極めたテレビはまだその残光の中にあった。けれども、たからこそ今変われ、いまがチャンスだともいえたのだ。そして、一方では内部から変わらなければダメだと思いつつ、そんなに素直に変わるはずもなかろう・・・だったら、いっそ環境から変えてしまえ、そうすればテレビも少しはものを考えるようになるだろう、という思いもあった。それが、僕にとっての「地デジ」のホントのホントの意味である。
「ソフト的には意外に大きな断層」がないと困るのだ。それでこそ、テレビはやっとまともに考えるかもしれない・・・もう遅いかもしれないけど。考えずに「地上テレビだよといえなくなる危険」に身を曝すのと、考えて「その危険」に向き合うのと、どちらが良いかといえば、それは後者に決まっている。考えなければ何も生まれないが、考えれば「考えた」という行為だけは残るからだ。但し、「何を」考えたかが、もちろん問題だ。だから、いま「地上波テレビとは何か」という旗印を、自ら掲げることが大切なのだ。


前川英樹(マエカワ ヒデキ)プロフィール
1964年TBS入社 <アラコキ(古希)>です。TBS人生の前半はドラマなど番組制作。42歳のある日突然メディア企画開発部門に異動。ハイビジョン・BS・地デジというポストアナログ地上波の「王道」(当時はいばらの道?)を歩く。キーワードは“蹴手繰り(ケダグリ)でも出足払いでもいいから NHKに勝とう!”。誰もやってないことが色々出来て面白かった。でも、気がつけばテレビはネットの大波の中でバタバタ。さて、どうしますかね。当面の目標、シーズンに30日スキーを滑ること。



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  • なかのひとさん
  • 2011/10/25 20:01
TBSのなかの、30代の人間です。私も内田樹さんが大好きで共感するのと、TBSという会社に、きっちりこういう考えを持っている人がいて、安心しました。
あとは、自分たちの世代が旗を振る時代にどうあるべきか。その時、社を取り巻く状況どころか、日本という社会が何らかの変化を遂げているでしょう、それに備えて今から何をすべきか?
もう「守る」のではなく「やってから考える」柔軟さを、いい加減身につけねばならぬと感じている今日この頃です。
そのために、私たち若い世代は何ができるでしょうか?