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Creative Kitchenに参加して ― 志村一隆

あやブラーで、銀河ライター主宰の河尻亨一さんがクリエイティブを“料理する”イベント「Creative Kitchen」に参加した(9月23日、24日)。
出席した最初のセッションでは、デジタルクリエイティブにおける編集者の役割が語られ、二つ目は、ジャパン・コンテンツの海外戦略密談をチーム・ラボ代表取締役社長の猪子寿之氏と編集者で京都造形芸術大学教授の後藤繁雄氏が語った。猪子さんは、墨の作品をベネティア・ビエンナーレに出品しているし、後藤さんは、フォト作品のキュレーションなどで著名な方だ。

印象に残った言葉をメモしてみる。

まずは、最初のセッション。

『人間は毎日朝起きて、飯食べて、トイレ行ってという決まった生活をしている。作品も変わった設定など必要ない。ベタな設定でもヒット作は生まれるし、個性は出せる』(出版社編集者)

『デジタルプラットフォームには、大ヒット作は必要ない。紙の雑誌は大ヒット作が部数を増やし、他の赤字作品を穴埋め、コストをカバーする構造だが、アップルにとって、iTunesにあるコンテンツは全て、無名のものでも利益が出る。プラットフォームに大量のコンテンツを揃えていることが大事』(出版社編集者)

『選手をセレクトしチーム作りをするのが、アナログ時代の編集者の仕事。デジタルでは、サッカー場を作ってあとは自由にプレーさせとけば、そこから大スターが生まれるという発想になる』(出版社編集者)


『紙の勉強本は、覚えてしまった事柄が多くなるにつれ、事柄の仕分けの時間が多くなり、効率が落ちる。デジタルだと、そういったマネージングが簡単にできる』(出版社編集者)


次は猪子さんと後藤さんの対談。

『水墨画はミニマル表現だと言うが、作家はワザと白い箇所を紙に残しているのではなくて、実際に見えていたモノをそのまま描いただけだ』(猪子さん)
『水墨画の対象は自然物。それはエネルギーを感じたときに墨を使って描いているから。水墨画家という者はおらず、普段は縁取りのある絵を描いている。自然物のエネルギーを表現するときだけ墨を使ったのではないか』(猪子さん)

『だから、水墨画の線は全て直線ではなくグニャグニャしている』(猪子さん)

『江戸期の画家は写生をしない。波はこう描くというスタイルをひたすら追求する』(後藤さん)

『写真ってエネルギーでしょ、という若い作家に言われた。「エネルギーを投射しているんだから、ピンボケでもヘタでもウマイとか関係無い」と言っていて、センスいいと思った』(後藤さん)

『ベンチャー企業が儲かるとすぐデザイナー家具とかオフィスに置く。ベンチャー企業は既存の価値観と戦ってきたのに、成功して、その戦っていた既存の価値観で作られたモノを受け入れるのは違うのではないか』(猪子さん)

最後の言葉は、ちょっと感動した。

エネルギー=気って感じられるの?

「Creative Kitchen」でドキッとしたのは、猪子さんの水墨画の話だ。どこかの樹木を見て、なにかエネルギー(気)を感じられるのか?それは修行すれば可能なんだろうか?頭で鳴り止まなくなってしまった。
ヨーロッパを放浪したとき、3ヶ月の旅の終わりに、もう1度戻りたいと思った場所は、ベルサイユ宮殿や教会ではなく、アルプスの山々だった。それって、なにか自然の放つオーラを感じてたんだろーか。

気って描けるの?

では、気を表現できるのだろうか。墨がほとばしる作品はゆらゆらする気を表現したと猪子氏は言う。
私も水墨画を描くのだが、見えないものが見えるという意味では、白い紙に花が浮かび上がることはある。何回も練習しているとその残像が残って、脳が見せる幻想だ。練習すれば誰でも経験できる。
似たような話を子供の頃聞いた。巨人の堀内投手が、MVPを取った年のピッチングについて、「キャッチャーミットまで白い線がスーッと見えるので、そのラインにボールを乗せればいつでもストライクが取れた」とテレビ番組(多分、「ミユキ野球教室」)で言ったのを憶えている。それと、同じで白い紙が「ここからここまで筆を動かせ!」と言うのだ。
「音楽が天から降ってきて、俺というパイプを通して奏でている。(by キース・リチャーズ)」とまではまだ言えない。そこまでは恥ずかしい。
確かなのは、筆を動かす範囲が、美しいと教えられた構図を超えることはない点だ。「余白の多い非対称な構図」は、それが美しいと教えられるから、そう描く。「美しい」と「収まりがいい」は同義語なのだ。
そして、そうした制約を外すのに、酔っぱらって描く「酔墨」と呼ばれる手法がある。墨を紙に吹き付けるだけの「吹墨」というのもある。これらは、気を表現するための工夫だったんだろうか。

作品から気って感じられるの?

では、もし気を表現できたとして、他人はその作品から気を感じられるのだろうか。これって、以前書いた野球中継とリアルな試合の関係と同じだ。
ソーシャルな世界では、ユルくてツッコミやすい表現がウケると、以前須田さんの本で読んだっけ。ユルさには気は表現されてないのだろうか。
などと、色々考えさせられたCreative Kitchen でした。河尻さん、ありがとう!


志村一隆(シムラカズタカ)プロフィール
1991年早稲田大学卒業、第1期生としてWOWOWに入社。2001年モバイルコミュニティを広告ビジネスで運営するケータイWOWOWを設立、代表取締役就任、業界の先駆けとなる。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学で MBA、2005年高知工科大学で博士号
『明日のテレビ-チャンネルが消える日-(朝日新書)』、『ネットテレビの衝撃(東洋経済新報社)』が絶賛発売中。ツイッターは zutaka



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