「“なかのひと”さんへ」― 氏家夏彦

前川せんぱいがお書きになっているように、10月25日、コメントをいただきました。書いていただいたのは“なかのひと”さん、TBSの30代の方のようです。あやとりブログではコメントをいただく事はあまりないので大変うれしく思い、なおかつ内容がテレビの危機を真正面から受け止めた清々しいものだったので、私もお礼のエントリーを書くことにしました。

コメントの対象は9月7日の前川せんぱいのエントリー、【内田樹さんの「最終講義」を読んで『旗印』について考えた・・・ついでに「地上テレビだよと言えなくなる危険性」も】です。“なかのひとさん”のコメントを全文を引用します。

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TBSのなかの、30代の人間です。私も内田樹さんが大好きで共感するのと、TBSという会社に、きっちりこういう考えを持っている人がいて、安心しました。
あとは、自分たちの世代が旗を振る時代にどうあるべきか。その時、社を取り巻く状況どころか、日本という社会が何らかの変化を遂げているでしょう、それに備えて今から何をすべきか?
もう「守る」のではなく「やってから考える」柔軟さを、いい加減身につけねばならぬと感じている今日この頃です。
そのために、私たち若い世代は何ができるでしょうか?】
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前川せんぱいの【内田樹さんの「最終講義」(技術評論社)を読んでいたら、「旗印をかかげて頑張り続けるのが学校」というフレーズが出てきた。】で始まるエントリーは、読んでいただければすぐわかりますが、全体が精緻に構成され実に説得力があり全てを通して読んでこその文章です。しかしあえてその中でも印象的な部分を私が勝手にピックアップすると…

【内田さんによれば(以下、前川風要約)「学校とは、自分たちはこういうことを教えたいという旗印=理念を掲げるところに存在理由があるのであって、市場のニーズに合わせて学校の在り方を考えるべきではない。】
【これって、メディアにつながる問題だと思う。】
【「どういう放送局になりたいか」、「何を伝えたいか」という旗印のないところに放送局の存在理由はない。マーケティングは必要だが、しかし視聴者は自分が何を見たいかを承知しているわけではない。】
【マーケティングで探り当てれば視聴率が取れると思うことがそもそも間違いであって、「「ああ、ホントはこれが観たかったんだ」と思わせるところがメディアのプロの仕事であり、そこで感性・想像力・知性が試される。】
【「自分たちの放送局はこういう放送局でありたい」という、旗印を掲げるというところから、放送局経営が始まる。もちろん、そこには相応のリスクがあるが、どの局の番組かさえ判然としないなかで視聴者に見捨てられるよりは、<俺たちの放送局>というメッセージを伝えられるかどうかというリスクを負う方が、はるかに説得的である。】
【このことを放送メディアはまことに粗末に扱ってはいないだろうか。】

“なかのひと”さんは恐らく現場の方で、地上波放送の視聴率全体がインターネットなどに奪われ着実に下がっている状況の中で、少しでも数字(視聴率)を上げるために日々苦闘しているうちに、テレビを作る面白さ喜び、情熱が失われていく喪失感を痛いほど感じているのだと思います。

昔のテレビは、自分が面白いと信ずるものを作っていれば数字はあとから付いてくる…、もちろんそうならない時もありますが、新番組を5つ立ち上げれば一つは当たると言われていました。しかし今は地上波放送の視聴率全体が漸減傾向にあり番組を当てるのは至難の業です。昔は、20%番組はいくつもありましたが今はほとんどありません。テレビの現場はもう長い間、守りの戦いばかりでした。そんな中で1%でも高い数字を獲ることが最重要になっていき、いつの間にか「何を作りたいのか、伝えたいのか」でなく市場ニーズに合わせて番組を作るようになってしまったのではないでしょうか。

前川せんぱいは、こんな時だからこそ「旗印」が大切だ!と説いているのです。どんな放送局になりたいのかをもっと明確に打ち出すべきだということです。テレビはどこへ向かって走っていけばいいのか、リスクを取ってでも打ち出さないと徐々に消滅してしまうぞ!と強烈な警告を発しているのです。

よく言われるのが「最大でなく最良の放送局たれ」というTBSの先人の言葉です。しかし今、「最良」となれ!と言われてもイメージできないでしょう。当時のTBSは「民放の雄」と言われテレビ史に残る番組を次々に打ち出していました。視聴率も絶好調、テレビ広告費も右肩上がり、そんな中での言葉ですから曖昧でもよかった、むしろ曖昧な方がよかった…。一方、旗印はもっと明確さが要求されます。ではどんな旗印が必要なのか…、それを考えるべき立場の人たち自身が方向感を失っているような気がします。インターネットによってメディアの形態だけでなく社会構造という人々の生活の基盤が激変している環境の中で、テレビが進むべき道の旗印を掲げるのはとても難しいと思われるでしょう。しかし私はそうでもないと思います。

旗印は単純で明確で具体的な方がいい。例えば、視聴者から「この放送局は面白いことする局だ」、「冒険的なチャレンジをする局だ」と思われるようになろう!などの方がイメージしやすいと思います。報道やドラマ、バラエティや情報、スポーツのみならず、放送以外の事業(映画やインターネット、商品開発、グローバル展開など)でもOKです。数字を1%上げる、といった目標よりずっとわかりやすい。ただし非常につらい一面もあります。視聴率を目標にしない以上、一時的に数字が下がっても耐えなければなりません。利益を上げ、株価を上げなければならない状況の中で、これにどこまで我慢できるか、それが一番の難問でしょう。

あやとり仲間の志村一隆さんも言うように、ネットで膨大な量のコンテンツが生み出されている中ではネットでタダで手に入るようなコンテンツを作ったってダメ、プロフェッショナルだからこそ作れるお金を払ってもらえるコンテンツ生み出さなければなりません。視聴率という物差しを基準にコンテンツを制作して、果たしてお金を払ってでも見たいというモノが生み出せるでしょうか。

テレビの現場が混沌としている現在、今までのやり方を踏襲するだけではダメなのは明らかです。これまでの型を破らないといけない、リスクをとってでも新しい冒険をしなければならない、・・・なんと面白い時代でしょう。先日TBS内で行ったセミナーでも言ったんですが、安定している時代、右肩上がりの時代に、新たな冒険などをやろうとしたら大変な努力と幸運が必要でした。しかし今はむしろ冒険が必須になっている、大手を振って冒険ができるなんてこんな面白い事はありません。

“なかのひと”さん、あなたがたができることは何か…でなく、しなければいけないことは冒険です。フィールドはテレビだけではありません。面白い企画を思いついたならテレビだけでなく、その魅力を活かしきるにはどのフィールドを使い倒せばいいのか、ネットはもちろん商品開発、パッケージ、映画、デジタル対応の映画館、出版などなど面白そうな場所はたくさんあります。もちろん凄くエネルギーが必要ですが面白いですよー!面白がる心、これが一番大切なんだと思いますよ。


氏家夏彦プロフィール
1979年TBS入社。報道・バラエティ・情報・管理部門を経て、放送外事業(インターネット・モバイル、VOD、CS放送、国内・海外コンテンツ販売、商品化・通販、DVD制作販売、アニメ制作、映画製作)を担当した後、2010年TBSメディア総合研究所代表。月に200km走るのが目標です。週末は海に出てます。はっきり言ってゲーム・アニメは大好きです。



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  • なかのひと(♀)さん
  • 2011/10/28 11:27
ありがとうございます。
ご指摘の通り、「数字」を理由に「本質」がどんどん失われていく、そして何百万人という視聴者のもとにそれが届いてしまう現実、それ以上に「そのことに気が付いていない人がなかにいる」ことに心を痛め続けておりました。
前川せんぱいから、「答えは<自分>」の中
にある、とご回答頂いて、逆に可能性は無限大なのだとワクワクもしています。
視線は常に前へ!自分にそう言い聞かせて日々やっていきます。