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[“12月8日”をめぐるいくつかのこと・歴史の”if”について―あやブロ番外編―] 前川英樹

僕は昭和16年6月の生まれである。その半年後、太平洋戦争が始まる。
大学出のサラリーマンだった父は、財閥の一つだった商社で仕事をしていた。当時の大学出のサラリーマンは結構な暮らしをしていて、それは残された写真で窺うことが出来る。いや、写真だけではなくて、コダックの8m/mフィルム、それも何巻かはカラーだ、が残っている。親たちは、まさに“モボ・モガ”の世代なのだ。しかし、ぼくにその生活の記憶はない。僕の記憶は、空襲や疎開の断片から始まる。そして、ペナン、バンコク、シンガポールなど東南アジア各地で戦争物資の買い付けに関わっていた父が、ジャングルの中を彷徨した後に引き揚げてきてからは、そのような結構な生活は最早戻ってこなかった。敗戦の年に父の不在の間に母は結核で亡くなり、それから10年して父もまた結核で逝ってしまった。今も手元にあるアルバムの中の幼児時代の僕の環境は、嘘みたいなものだ。どこか自分にアイデンティティーというものが欠けていると思うのは、生活に恵まれていたかどうかではなく、確かな手ごたえがあるかどうかによるのだと思う。
このような自分の出自と経験について、どこかで一度書いておこうと思うのだが、さて、それは何のためかと思うと些か躊躇われる思いもある。
このことと12月8日という日が直接関係するわけではない。といって、全く無関係ということでもない。どこか判然としないけれど、自分と時代の出会いの最初がその辺にあるらしいと思っている。

□ 11/30の朝日の特集記事・・・12月8日の日記によれば、文人・知識人も高揚していた。荷風だけが醒めていたという、太宰もかな?
では、高揚した人たちが間違ったのかといえば、単純にそうとも言えまい。どのように高揚し、その高揚をその後どう背負ったかという問題だろう。そこのところで、ぼくは竹内好や堀田善衛という人たちを、評価というより信用するのだ。

□ 日米開戦回避のための工作は、双方からギリギリまで行われていたという記録が明らかにされて来た。NHK-BSでの加藤陽子の解説は説得力を感じた。・・・が、若し歴史に”if”が許されるとしたら、次のようなことを考えてみてはどうだろう。若し、和平工作が成功していたら、数百万の犠牲者は救われ、産業や文化の破壊・消耗は回避されたであろう。
そうであったとして、私たちはどのような時代を今生きていたのだろう。欽定憲法による絶対的な天皇制国家の下で大日本帝国の強大な軍事力の下での平和を生きていたのだろうか。さすがに治安維持法はなくなっていたかもしれないが、朝鮮半島と台湾の独立闘争は間違いなく激しく起こっていただろう。で、満州は?
そのような歴史の”if”を考えることは許されると思う。

□ その延長に、日本人は自ら違う選択をする力があっただろうかという、”if”来る。

□ だから、私たちは1945年の敗戦をどう引き受けるか、というところから考えるしかないのだと思う。その引き受け方に決着がつけていないところに、つまり敗戦に至る近代の破綻の仕方に決着をつけていないところに、この国の、そしてこの国に生きている人たちの現在がある。その間に、日米安保も、所得倍増も、列島改造も、バブルとその崩壊も、政権交代も、そして<3.11>も起こったのだった。

□ 「坂の上の雲」をほとんど呆れて見ていた。
“いま”この企画にどういう意味付けをしているのか、はなはだ疑問だ。戦場場面の膨大な制作費に受信料が使用されることも不可解にして不愉快。受信料支払拒否をしたいくらいだ。NHK-BSでは、映画「二〇三高地」まで放送していた。プロモーションも過剰。
これは、司馬遼太郎の評価や好き嫌いの問題ではない。NHKのなかで、この企画についてどれほどの議論があったのか、あったとすれば何を議論したのか、なかったとすれば何故なかったのか、それが問題だし、それを知りたい。


今までも、こういったことはそれなりに考えてきた。しかし、今年とりわけ強く意識するのは、やはり<3.11>のせいだろう。



前川英樹(マエカワ ヒデキ)プロフィール
1964年TBS入社 <アラコキ(古希)>です。TBS人生の前半はドラマなど番組制作。42歳のある日突然メディア企画開発部門に異動。ハイビジョン・BS・地デジというポストアナログ地上波の「王道」(当時はいばらの道?)を歩く。キーワードは“蹴手繰り(ケダグリ)でも出足払いでもいいから NHKに勝とう!”。誰もやってないことが色々出来て面白かった。でも、気がつけばテレビはネットの大波の中でバタバタ。さて、どうしますかね。当面の目標、シーズンに30日スキーを滑ること。



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