最近の記事

カレンダー

<<   2019年11月   >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

月別アーカイブ

<<   2019年   >>

このブログで使用したタグ


「悪魔のようなあいつ」と「モテキ」 ― 志村一隆

悪魔のようなあいつ

前川センパイが演出で参加している「悪魔のようなあいつ」を見た。
久世光彦プロデュース、沢田研二(ジュリー)主演。1968年12月(昭和43年)に起きた3億円事件に絡めた物語で、その事件の時効が迫った1975年(昭和50年)に放送された。そして、それっきり、1度も再放送されていない。DVDは2001年になって販売されている。
とにかくジュリーが美しい。ホモセクシャルを匂わしながら、女性にもモテる。上村一夫描画の漫画版ではもっとモテている。モテキだ。

青春とモテキ

ジュリー演じる可門良は、「3億円は俺の青春」と叫ぶ。そういえば、以前(2011/10/14)ポストした「モテキ」の主人公、藤本幸世も「俺の青春を返せ!」と叫んでいる。青春を過ごすうちに、良は町工場の工員からバーの歌手、幸世は派遣社員からサブカルメディアのライターになった。しかし、良はモテるが、幸世はモテない。
何がそんなに違うのか。青春とは何ぞや。
「余人を以て代え難いシンガポール」(2011/12/07)で少し触れたリー・クアンユー元首相の青春は、共産勢力、近隣諸国、英国、そしてシンガポール市民のために費やされる。
「悪魔のようなあいつ」でも、登場人物はみんな誰かのために生きている。良は妹のため、野々村は良のため、八村も息子のため。彼女を作るために費やされる「モテキ」幸世の青春とはだいぶ違う。
ただ、可門良が輝いていたのは、3億円事件の準備をし、実行に移したときだ。3億円を奪ったあとの良はどこかケダルい。それは、良が20代から30代になったからでなく、世の中の雰囲気がどこか変わったからだろうか。
良が20代の頃は、働いていた町工場も上手くいっていた。それが、一人抜け二人抜け、最後に良だけが残る。そして、一人で3億円奪取を計画する。
デモをする学生に、若い工員仲間が「親のスネをかじりながらデモなんかしやがって」みたいなこと言う。そんな彼も、もっと良い職場を探して工場を去って行く。
なんというか、理想を追った1960年代から、理想との格差が広がった1970年代の現実が、可門良に投影されているのだろうか。


1975年の記憶、35年って時間は長いの?短いの?


ところで、悪魔のようなあいつの登場人物が戦災孤児という設定に「1975年ってそんなに昔なの?」って思った。僕はもう1975年には小学校2年生で、社会の事件と自分の記憶がシンクロし始めている。だから、どうしても現在と地続きに感じてしまう。
ドラマを見ながら、当時の記憶を手繰ると色々な光景が呼び起こされた。学校に来なくなった友達の家を訪ねたら、神田川の麓の掘立小屋だったのでビックリしたり、サリドマイドで片腕が無い友達もいた。光化学スモッグで朝礼が無くなることもあった。新宿の高層ビルは青い三井と銀色の住友ビル(三角ビルと呼んでいた)、それに白い京王プラザホテルしか立ってなくて、まだガレキが積まれた廃墟をイナゴ山とかカマキリ山と呼んで遊んでいた。
なんだか「悪魔のようなあいつ」より「20世紀少年」に出てくる風景、つまり、高度成長時代がもたらした公害や町工場横の空き地の風景だ。
1975年は戦争終結から30年経っている。そして、また「えっ」と思った。1975年はこの原稿を書いている現在から35年前。僕が1975年を地続きに感じるのと同じように、「悪魔のようなあいつ」も戦後と繋がっているのか。現在と戦争の中間にこの作品が位置している、そう思うと戦争が急に身近に思えた。

可門良と藤本幸世が取り残したもの

戦災孤児の可門良は、モテながら結局一人で死ぬ。「モテキ」幸世は、彼女が出来ないまま実家に帰る。
前川センパイのポスト(2011/8/15)にこういう言葉がある。
「青春は年齢ではなくて、事件によって区切られる」といったのは、長田弘だっただろうか。そして、青春という言葉も死語になったというのは、三浦雅士か。 (重くて切ない時代だった・・・「マイ・バックページ-ある60年代の物語」を読んだ、ついでに「日本アパッチ族」再読)
「悪魔のようなあいつ」は高度成長の波に乗れなかった喪失感に焦点を当て、「モテキ」は低成長時代の閉塞感を描く。どちらも「青春」探しの物語だ。
河尻さんが「伝える、つながる、会いに行く、それはいいことだろう?(2011/12/28)」でEverybodyがつながる時代性を指摘した。もはや、いま「青春」を確認するのに事件は必要なく、バーチャル空間でフラットにつながれる。河尻さんや前川さんは、そのネットワーク領域とリアルな空間のハブにテレビ「メディア」を機能させると考えているようだ。
前川センパイがいま「青春探し」のドラマを演出したら、どんなものになるのだろうか。


志村一隆(シムラカズタカ)プロフィール
1991年早稲田大学卒業、第1期生としてWOWOWに入社。2001年モバイルコミュニティを広告ビジネスで運営するケータイWOWOWを設立、代表取締役就任、業界の先駆けとなる。2007年より情報通信総合研究所で、メディア、インターネットの海外動向の研究に従事。2000年エモリー大学で MBA、2005年高知工科大学で博士号
『明日のテレビ-チャンネルが消える日-(朝日新書)』、『ネットテレビの衝撃(東洋経済新報社)』が絶賛発売中。ツイッターは zutaka



この記事へのコメント
印は入力必須項目です。
名前
コメント
画像認証 :

表示されている数字を半角で入力してください。