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「フェア・ゲーム」が映し出す米国的ジャーナリズムとは

 2011年12月14日、米国大統領がイラク戦争にようやく終結宣言を出した。戦争が始まったのは2003年3月だから約9年ぶりのことだ。

その開戦より1年前の2002年2月、私はあの国の首都にいた。前年の9月11日に起こされた同時多発テロ以降の、暗く、陰鬱で、深刻な空気がまだ米国の街々を覆っていた。テロを起こしたアルカイダと、それをかくまうアフガニスタンのタリバン政権に対する米軍の軍事力行使は一区…


ソーシャルメディアの雄=クレイ・シャーキーの災難(でもないか)… ― 山脇伸介

 2007年、私が留学していたNYU大学院ティッシュ芸術学部ITP学科には、今をときめくスターが2人いた。2年後の2009年にフォースクエアを創業する現CEOのデニス・クロウリーとソーシャルメディアの雄=クレイ・シャーキー教授である。
クレイ・シャーキーは2007年「Here Comes Everybody」を出版(邦訳タイトルは「みんな集まれ!」)。「ソーシャルメディア時代」の到来を鮮やかに予言…


11月は忙しかった―東北、43,000字の作文、アルバム二つ ― 前川英樹

「あやブロ」は久しぶりだ。
11月は忙しかった。
東北被災地の今を見てきた。そのことは、ここでも短くレポートした。それと並行して民放連研究所から依頼された原稿書きに追われた。これは、「ネット・モバイル時代の放送」というテーマで、2010年3月に報告書をまとめた「放送の将来像と法制度研究会」のメンバー(大学や研究機関の専門家たち)が、それぞれの立場からこのテーマについて知見を述べるという企画だ。ぼく…


宮城被災地を訪れて② - 堀 香織

【管理人より】前ポストの続きです。


 翌朝7時半、金華山を対岸に見る牡鹿半島の宿を出発した。
 途中鮎川港に立ち寄った。ここは明治時代から続く国内有数の捕鯨基地で、20年前には「おしかホエールランド」という鯨に関する博物館も建てられた小さくも活気ある観光地だった。しかしその博物館も金華山に向かう船の発着場も破壊し尽くされている。
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 道路には波が打ち寄せていた。地盤沈下がひどく、満潮時には道路…


宮城被災地を訪れて① — 堀 香織

 11月19日〜20日の週末、企画リサーチのため宮城県の被災地を訪れた。仙台でレンタカーを借り、初日は石巻市を、翌日は南三陸町と気仙沼を廻った。
 行くに際しては場所をリサーチしておいた。石巻市は児童のおよそ7割が亡くなったという大川小学校。南三陸町は職員の遠藤美希さんが津波に襲われる寸前まで避難を呼びかけていた防災庁舎。気仙沼は全従業員を(本人の離職以外は)解雇せずに営業を続けている、水産業+ホ…


余人を以て代え難いシンガポール ― 志村一隆

z54cEX0LXq.jpg          シンガポールの目抜き通り「オーチャード・ロード」

Singapore Keeps Growing

11月のシンガポールは気温30度。午後は毎日ゲリラ豪雨が降る。
国土の広さは、先月あやぶろメンバーと訪れた仙台市くらいだ。東京都の3分の1。しかし、海岸線はどんどん沖に伸びていて、創業時海岸沿いに建てられたラッフルズホテルは、もはや海岸から1kmも離れている。地下街は30分歩い…


「東日本大震災・津波の被災地視察アルバムを作った&ブログ変身の予告」 - 氏家夏彦

先月、東日本大震災の津波被災地を見て回ったが、その際に撮った写真を集めたアルバムを作った。まず、前川せんぱいと私の分をUPしました。
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アルバムはTBSメディア総合研究所のホームページにあります。
下のリンクから行けます。
【被災地視察アルバム】

TBSメディア総合研究所のトップページからもいけます。
【TBSメディア総合研究所】


このブログでは、本文中からしかリンクが貼れない。なかなか不便で…


「津波の破壊力、そして…」 -氏家夏彦

前川せんぱい、志村さん、木原さんと3回連続で東北被災地視察のエントリーが続いていますが、私も遅ればせながら書いてみました。
fnsTGsX7Ri.jpg      写真① 気仙沼に打ち上げられた船。解体撤去するしかないとのこと。


視察二日目

仙台から一関を抜け気仙沼に向かう時、北上山地の美しさに目を惹かれた。山間部はちょうど紅葉の時期で広葉樹の多い北上山地は、まるでヨーロッパの森のような美しさ。時折現れる農村もきれいに…


東北で考えたこと - 木原毅

 まず最初に向かったのは仙台空港だった。国際線の一部(北京便)を除いて全便が運行されており、ターミナルビル内の賑わいぶりは、これが津波が押し寄せ泥まみれになったあの空港とは思えない。福岡行きや札幌行きの登場案内が流れ経済拠点の機能が復活していることがうかがい知れる。
 屋上の展望テラスに上がる。東西南北にテラスから見える風景写真が貼り付けられている。震災まえのものだ。昼過ぎとはいえ氷雨で空は暗いな…


Eight Months After – そうだ、東北、行こう ― 志村一隆

700キロの旅でも津波の被害は全てを見られない

前川センパイのポストにもあったように、東日本大震災の被災地を訪れた。名取から田老まで直線距離で200キロ、仙台で借りたレンタカーの走行距離は700キロ。東京から700 キロ西に進むと広島の手前まで行ける。
三陸地方は、海に突き出した山と山の間の小さな平野部に街が点在している。その街を貫く国道45号線を北上すると、山を超え街に入るたびに、無人の荒野が…