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蓮見孝之

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「月と太陽と母校出身のあの選手

 陸上の世界選手権(世界陸上)男子4×100メートルリレーで銅メダルを獲得した日本代表選手たちが、昨日、開催地のイギリス・ロンドンから帰国されましたね。

 成田空港到着時の選手団の会見の模様をテレビで拝見していましたが、中でも、この方の言葉に勇気付けられたという人も多かったのではないでしょうか・・・。

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 今大会の4×100メートルリレーの決勝で、第4走者・アンカーを務めた、藤光謙司(ふじみつ・けんじ)選手です。

 代表選手団の会見で、藤光選手はこのように話していました。

 2009年からリレーチームに関わってきた。「やっとか」という気持ちもある。
 僕以外にも「リザーブ」の人間はいっぱいいると思うが、準備していればチャンスが回ってきたときに結果を残せるというのは証明できたのかなと思う。


 ご存知でない人もいるかもしれませんが、藤光選手はこれまでも、日本陸上界の第一線に立ち、日本代表チームの「走者」として国際大会で活躍されてきました。
 ただ一方で、代表選手に選出されながらも、「走者」として出場することができなかった大会もあったわけです。先のリオオリンピック4×100メートルリレーで日本チームが銀メダルを獲得した時も、藤光選手は代表選手でした。
 しかし、このリレーのメンバーというのは、リザーブメンバーを含めて6人の代表選手で構成されているんですが、実際にメダルを授与されるのは「決勝」を走った「4人の走者」のみ・・・。つまり、代表選手として選出されていても、メダルを獲得できない選手もいるということなんです。それでも藤光選手は、チームにとって最適な状況を作るために、率先して関係者とコミュニケーションをとったり、献身的なサポートに務めていたといいます。

 本当にスゴイ!こうした藤光選手だからこそ、今回の帰国会見で語った言葉にも「力」を感じますし、決勝直後のインタビューでも、予選を走ったケンブリッジ選手や、リザーブメンバーだったサニブラウン選手たちを労う言葉を発していました。私は胸が熱くなりました。

 ちなみに、藤光選手は、私が通っていた「さいたま市立浦和高校」のOBでもあるんです。少し年齢が離れているんですが、実は、私が教育実習生として母校でお世話になっている時の在校生で、母校の陸上部としては、恐らく初めて、当時から国際大会で活躍されていた選手であると記憶しております。
 ただ、それを継続し、モチベーションを維持し、ある時は「走者」として、ある時はチームを支える「支柱」として、今現在も第一線で走り続けいらっしゃること自体が、本当にスゴイことなのだと思います。

 改めまして、この度の世界陸上ロンドン大会に出場された選手の皆さん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!
 

 


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